祈り
京都アニメーションの放火事件があったのは、7月18日。
ブログ更新が、一か月もあくことは私にとって珍しいことではないが、
あの日からすべてにおいてフリーズしながら過ごしている。
私の生活圏の範囲内で、容疑者が息をして、歩き、存在していたことが恐怖だ。
あの赤いTシャツと、ジーンズ姿で防犯カメラに映る姿を思い出すのも嫌だ。
今も、私の足はむくんで、ボアボアしている。
太古の時代、ヒトが獲物を狩猟によって戦って得ていたころの体を守るシステム。
危険を予測した緊張と、ストレスが、血が薄くても大量出血による死を免れるために、造血している。
出産前の妊婦のむくみも出血にそなえていると聞いた。
感覚も鈍いほどむくんでいる。
TVや新聞で、知った名前がないか被害者の公表がされるたびその人の名を探す。
本社の目の前の最寄り駅を通学通勤に使っていた。
ずいぶん前20年になるかもしれない、通勤帰りのそのホームで、大学の同期だった彼が声をかけてくれた。
とても軽やかに。
在学中はほとんど話したことがなかったからうれしかった。
京都アニメーションに就職したのだと言っていた。
その駅を使う度、また会えないかと楽しみにしていたが、その一回だけだった。
いくつかの作品のエンドロールに目を凝らしても、見つけられなかったから
もう、転職したのかもしれないとか、他のスタジオかもと希望を持っている。
被害者の名前を公表するのは難しいらしい。
でも、そこに名を見つけられないことで彼の無事も確認したい。
子の通う歯科矯正のすぐ近くが第2スタジオだ。
献花台が撤去されていると聞いていたので、あたりに報道陣の姿もやっとなくなって、いつものパーキングに車を入れることが出来た。
事件後何度か現場の前を通って歯科に通っているが、次女はもう外では手をつないでくれない年だが、どうしてもと私は頼んで、その道では手をつないでもらっている。
とても、つらい。
何でもないようには、もう、通れない。
街路樹として植えられているのは銀杏の木だ。
秋になっていくにつれ黄色く色づいて、第2スタジオの外壁と同じ色になっていくのだろうと想像したりする。
黒く燃えて焦げてすすがいっぱいついて汚れてしまった黄色。
赤い色はとっても好きな色だけれど、まだまだ当分着ることはできない色だろう。
祈り。ただ、それを送り続ける。
これからも、この宇治でこの地で一緒に生き続けていく方たちに。
そして、絶たれた方たちに。