キツツキの穴

日々つついた穴を埋めたり、のぞいたり、もっと深く大きくしてゆく穴掘りメモ。

ママ死にたいって思ったことある?

ママ死にたいって思ったことある?

 

と、長女から聞かれて

えっそんなん聞くような人やったっけ?

と意外すぎたら長女本人の話ではなかった。

 

ママは消えてしまいたいと思ったけど

死にたいはなかったな。

このままやったら死んでしまう。

と思ったから消えることにしたのよ。

消えたい消えたいと思ってても

いざ消えようと思っても消えるための力が必要やからちょっとの間の蓄電というか温存ていうか十分な時間が必要なのよ。

生きてるのか死んでるのかわからんような時間でもね。

その時は死なないためにギリギリの状態で最大限の工夫と限りのことをして消えることを選んだけれど、長く時間が経って下手なりに生きてる自分を頑張ったねって慰めたり褒めたりする自分もいるけど、元気な自分を取り戻した時分析や後悔というものが言語化されたりして面倒くさくなったりもするよ。

 

でもやっぱり死にたいと思うことはなかった。

死にたいと消えたいはちがうの?って

全然ちがう。

死んじゃったらこの世界からいなくなってしまうけど消えるのはその場所にいることをやめるだけ。

この世界の小さなきれいなことをたくさん知ってるってことは私にとっては消えるが一択の選択だったよ。

とにかく、自分を守れてよかった。

でも一緒に消えさせてごめん。

また穴を掘ったり埋めたり眺めたり

久しぶりにここに来た。

1年ずっと心という所だろうな

そこにへばりついている出来事を

もう手放したくて。

 

『ママ、私生まれたん何時何分?』

遠くからわざわざ通話で聞いてきた時

ピンと来たのよ。

言いたくない、今そこでおしえなあかん?

『生まれた時間教えて』

そこへ行った長女も次女もそれを聞く。

長女におしえて次女に言わないわけにもいかぬ。

次女いわく、『そっちのお母さん』は占いができるらしい。

待ちやがれと

その場をしらけさせるのは本意ではないから時間はおしえてやるが

名前を知らぬおばさんをオカアサンとは呼んでも良いが、

ママ以外をお母さんと呼ぶのはやめろ。

その時それを言うのが精一杯だった。

2人に時間をおしえた。

ただの数字の並びであってそうじゃない。

私が産んだその瞬間も、

宿してた時間や痛みや

初めて対面した感触も

盗まれ汚されたように感じている。

今そこで言いたくない、おしえたくない

と言えなかった。

私は言ってよかったのに。

未だに自分を大事にできない自分にずっと腹が立っている。

 

 

記念日の記憶

「記念日の記憶」という言葉を購読している毎日新聞の日曜日のエッセイの欄で見た。
良い記念日、負の記念日いろいろあるだろうけれど、3月は震災もあったし、
私にとっては特別な負の3月だ。
2月の後半から助走のように調子が悪くなってくる。
温かくなりだして、日も長くなって、体も動きやすくなってきて
ちょっと気がはやるような、そわそわとした、気持ちがせくような、
走り出したいような焦りのような。
それでいて胃がきゅっと絞られるような。
ぼんやり焦点が合わないような意識になって、特に数字や時間の感覚があやふやになってきて、それでもやっぱり体はつんのめりそうなほど遠くへ遠くへ行こうとする。
毎年毎年3月に向かって3月はそんな月。

3・2・1・・・
3月21日
0(ゼロ)をカウントせずに家を出ると決めていたその朝、
「今晩話そう」の一言がもう一日早かったらどうだっただろうかと思いながら過ごした9年だった。
中学までしかない島で、15歳まで過ごすはずだった長女が中学を終えた。
島で過ごしていたらと考えなかった日はないが、もう考えなくていい。
薄れて、枯れていく気持ちと記憶と一緒に自由になろうと思うが、
この記念日の記憶という症状は消えないかもしれない。
3・21に苦しむのは私だけじゃないかもしれない。

卒業式

卒業式。
帰り道、沈丁花のにおいがして反射的に「春よ来い」のメロディが耳元でなる。
この一年学校行事も参観日もなく、母たちにとっても同窓会的な近況報告の場と化し、
各々の子らの進学先に「おめでとう」とねぎらいの言葉を掛け合い、
一段と背も体も大きくなって、受験によって居場所を手に入れた子らの変身に近いような成長に驚く。
歌も歌えない式だったが、子らは手話で歌ってくれた。
いい式だった。

 

春に向かって

2021年が始まって、ゆっくり前進していたはずがまた躓いて、
そろりそろりと立ち上がりながらじわりじわりと安全確認しながら進むしかない。
変更のない範囲で、日程は組まれた通り、粛々とこなされ、
その日に向かっていくしかない。

今年は年女で48になる。
こんな時世だけれど、私は今が一番体調がいい。
やっと動ける私になってきたといってもいい。
コロナ禍で一時みんなで止まったかのように過ごした世界中に
追いついたような錯覚をしているだけなのだけれど、
動けなかった時期を、この時を待つかのように私にとっては準備の時間だったのだと思うことにした。
いつか立てた人生計画の中でも、この春は私にとって解放されるイメージだった。
すべてが全く違っているけれど、この春いる場所は計画通りなはず。
狂っていたリズムを取り戻せ、春。