キツツキの穴

日々つついた穴を埋めたり、のぞいたり、もっと深く大きくしてゆく穴掘りメモ。

後悔する日もしない日も

エステやボディのトリートメントの施術をしていると身の上話になったりする。
私が離婚したシングルだと話したら、
「後悔したことない?」
と、ストレートに聞かれた。
もうすぐ2年になろうとしているのだ。
もう、答えられる。
「後悔も何回もしました。
毎日、今でも一日中後悔する時もありますけれど、
離婚したことでなく、それまでの時々の一つ一つに後悔をします。
夜、お布団に入るときは、後悔する日もしない日も、
やっぱり一緒には生きない。って
思いながら終わります。」

そう、離婚は、もしそのまま一緒に生きていたらと、想像できうる限りの最悪の事態を回避するための次善対策だったと思う。
陰の想像はなおの事、呪いのように導かれてしまうようなところがある。
暗示にかかりやすい。
私はそういう性質だ。
一人になるとそういう考えになる。
自分のことは自分で守れの言葉のまま。
そう思うと、つまり結婚生活ずっと独りだった。
2人の時はその日暮らしでも笑えてたのに。

「後悔したことない?」
と聞いてきた彼女は、夫と息子ともうすぐお嫁さんになる人と4人で一緒にイタリア旅行へ行ったそうで、関空に帰って来た時、もうすぐお嫁さんになる人に、ぎゅうとハグされたって嬉しそうに話してくださった。
何だろう、きっとお互いにお互いを気遣い大事にしあえる家族になられたんだろう、なっていかれるのだろうなと思って、聞かせてもらってうれしかった。

もう無い

TVを観ていて、比良山のロープウエイが廃線になっていたことを知る。
2004年だそうだ。
秋、紅葉の季節、交際中だった元夫と乗って、行った比良山。
無くなったことは残念だけれど、
無くなっていくことがうれしい。
あ~。もう無いんだ。
という、「もう無い」が増えていくことが。

魂の友

今日、懐かしい人を見かけた。
つい何日か彼女のことを考えていたから、驚いた。
彼女も私に気がついていたかもしれないが、彼女も私に声をかけなかった。
私も声をかけなかった。
彼女と話すほど元気にもなっていないし、きっと私はあの頃のままだということを見抜かれてしまうからだと思う。

彼女と初めて会ったのは学生になりたての頃だったと思うが、
彼女とは心というよりも魂というのがぴったりくるだろうか、その傷がぴたりと合わさるような感覚がして、彼女に会うと泣きたくなくても涙がどんどん出てくる。
彼女とは、痛みの話を良くした。
魂の。

そして、長く会わなかったが別居して実家に帰って来てから偶然出会って、
何度か会った。
が、その私と年の離れたどう説明してよいわからない彼女と会うことを
私の家族は良く思わなかった。
また、小さかった次女を置いて彼女と会う時間をつくることは難しかった。
彼女と会い続けて、いっぱい泣いて、魂が望み導くように私の心と体が動いたら今とは別の私の居場所があったかもしれない。
だけど、そうはならなかった。
彼女とは会わなくなった。
もし、彼女がただの友人であったなら小さな時間でも会い、電話ででも彼女と話すことを続けただろう。
彼女は、ある宗教の幹部だった。
宗教というものに特別な感情や偏見は持っていないつもりだが、何とか集会とか、
勉強会とかの誘いを拒否した。
とにかく誰かと何かとツルむのが私は嫌いなのだ。
彼女とただの友人として、それ以上の魂の共鳴者として会い続けて助けてと言えてたらよかった。
今、体と心が言うことを聞いてくれない私の魂は輝きはしない。
でも、魂を解放してやるためには、体と心のあるこの場所この時はここであってはならなかった。
相当の痛みをもって体と心を壊して出て行かなくてはならない。
そうはしないけれど。
魂がこの体を捨てて出ていく時が待ち遠しい。
彼女は魂と常に心が対話しあっている。
彼女の魂はその体の住み心地もよさそうだ。
これを書きながら今、私の心は重い。

絵を切る

宇治市も、もうすぐごみの有料化が始まるだろう。
いろいろなサービスが打ち切られたり、経費としての削減がされている。
宇治川太閤堤跡公園の整備をされているが、
宇治上神社平等院世界遺産宇治川の景色があればそれで充分で
宇治市民としては、時間があればいつでも季節ごとにゆっくりといたい場所なのになあ。

そのゴミの有料化が始まったらとっても困る。
うちの中に入り切らないものを、敷地内の倉庫に詰め込んでいる私のものだけでもこの暑くもなく寒くもない季節に少々の力仕事もこなしていかなくては。
そろそろ、頃合いだ。
一つの大仕事は描いた絵の処分。
思い入れのあるもの、処分しきれないものもあるが、それらを残して。
主に処分したのは、100号以上のものばかりで行き先もなかった作品。
これもその一つ。
元夫とハイキングによく行った。
大文字山も幾度かのぼった。
そこでスケッチしたシダを基に作品にした。
とっても未来を明るく、輝かしく描いた絵だった。
観ることもなくパネルを裏向けにして小さなのこぎりで既定のサイズに切り刻んでいった絵もあるが、この絵は、最後、と立てかけて一枚写真に残した。
そして、これも、裏向けにして切った。
小さなのこぎりで。

父や母が、電動工具で簡単に切れるものをとちょっかいを出してくるが、
私は、自分の手を使ってこれらにさよならしたかった。
時間もかかる。
腕だって痛い。
だけど、これを描いていた時間や想いに向き合う作業として自力が必要だった。
小さく切り刻まれて、部分になってしまったそれらを見ても、
自分の描いたものに綺麗だなあと思ってきりりと痛む。
存在としてなくなっていくことに、慣れていかなくてはならない。

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月夜の海

同じ敷地内に建つ隣家は、父の姉夫婦の家。
もう90歳。
2人がそれぞれ施設に入居してもうすぐ一年。
今は空家。

その家の平屋の屋根には、青いきれいな釉薬の瓦が小さなおだやかなさざ波のように月の光をうつしていて、好きだ。
本当に月夜の海みたい。
私には、この海でいい。