キツツキの穴

日々つついた穴を埋めたり、のぞいたり、もっと深く大きくしてゆく穴掘りメモ。

書いて思い返す

昨日書いたものを読み返して、
いやいや・・・と。
子らが待っていたのはパパじゃなくて、ママの「やっぱり帰ろっか。」と言う言葉だったかもな。
とか、子からの「ママ、やっぱり帰ろう。」と言う言葉を待っていた私だったかも。
と思い返す。
でも、私たちは、迎えに来てくれる人でも、迎えたい人でもなかったのさ~。
家を出る、と決めたのも自分。
迎えに行かない、と決めたのも自分。
お互い決めたことを変えなかっただけだ。
「変える」という心をポキッと折る脱力感は爽快だと思う、今なら。


夏椿とトカゲ

玄関先の夏椿が咲き始めた。
沙羅の花の無常。
雨の後のひんやりした風と透明な空の日には余計にそう思う。

冬、この樹の枝の股にトカゲのとてもきれいなミイラを見つけた。
うろこ状に皮膚が凍えたように整然と乾いていて、
形よくしなった尻尾やパッと開いた指先までも美しかった。
ブローチにしたいくらい。

これが百舌鳥のはやにえというものか。
スズメ目モズ科
様々な(百の鳥)の鳴き声をまねるのが上手で百舌鳥と書く。
動物食でとらえた獲物を樹の枝に突き刺したり股にはさむ習性があって
繁殖期の冬期に、このはやにえをたくさん食べて歌を上手に歌えたオスほどつがい相手を獲得することが出来る。
気づいたらもうなくなっていたトカゲのミイラ。
歌う栄養源になった。

夏椿の蕾がたくさんついている。
確かに咲いて、あっけなくその樹の足元に落ちていく。
その様に骨の内側からこそばいような震えを感じる。

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同窓会に行かない

2月のことだけれど、20代の前半を過ごして所属した団体の
結成記念の会があると案内があった。
どうしようか悩みながら結局は行かなかった。
同窓会に行く人って、今の自分に納得や自信がある人が行くんだろうな。
そして、会いたいなあって言う仲間や慕う人たちが集まる。
そのどれにも当てはまらなかった。
会ったらあったでお互いの近況を話すだろうし、
私には言えることがない。
お酒が入って打ち解けてきたころには、少々聞きにくいこともあの頃の付き合いのようにぶしつけに、あけすけに聞き話さなくちゃならないかもしれない。
10代後半から20代前半、私の女が気づかされ、刺激された場所であり時代だったころの友人にもどって。
「なんで離婚したん?」
こんなこと聞かれたらなんて答えるんやろ。
なんでか、たくさん理由はあるようでどれもが決定的ではないような、全部が絶対的にそれやろと思ったりするが、
その頃の友人達にこたえるとしたらどれか。
「家出してんけどな、迎えに来てくれへんかったから。」
たぶん、違う人に人に聞かれたらまた違う答えを言いそうやし、
家出した理由はいっぱいあるけど、
離婚した理由はもしかしたらこれが最有力候補やな。
もっと遠くへ逃げようとした空港で、搭乗口でもやっぱり待ってたのは私だけか、子らもか。

当分、同窓会にはいかない。

雨の強迫

今朝から嫌な空だった。
傘を持って行こうか、自転車で仕事へ行くのはやめておこうか、
次女の上靴は乾くだろうか、
雨で足元が悪くてキャンセルが多かったら・・・と思いながら。
土曜の朝、皆がゆっくり朝ご飯を食べている平日とは違った時間が流れている。
その中で仕事へ行く朝の準備は調子が狂う。
バタバタして自転車でしか間に合わん!!
と、いっぱいにペダルをこいでいく。

風は強くて、雨雲かなという黒い雲も吹き流して日が照ったりして日昼が過ぎる。
あと一時間で終業時間という頃にいよいよと黒い空が迫ってくる。
店のタブレットアメダスのレーダー画像が真っ赤なのを見ていつ振り出すのかと心の中でカウントダウンが始まる。
私の担当のお客様を終えた。
もう、我慢できなくなって30分の早退を願い出てタイムカードを押す。
エプロンを取り、帰り支度をして、店を出ようとすると雨。
ザ―――っと
ザーーっといつ止むとも、もっとひどく止むともわからないで、
もう今、帰らないと歩けないほどの土砂降りになるんじゃないかと最悪のことしか考えられなくなって自転車を置いて、傘を借りて雨の中帰る。
なのに、家まであと半分の距離に来たころには雨がやみ始め、
家に着くころには雨が止もうとしていた。
どうしてあんな風に脅迫されるようにせっぱ詰まって帰ろうとしたのか。
定時まで仕事をし、自転車をこいで普通に帰れたものを。

あの時もそうだ。
長女は保育園を卒園した。
あと何日で3月が終わり、4月になれば小学校入学。
入学式の日には集落の人や知り合いなんかが家へ祝いに集まってくる。
祝いの食事や席を準備してここで子供を育て生きていく親の姿を子にも、皆にも見せなくてはいけない。
私たちはここで一緒にずっと、生きていけるのか、行くのか。
2人でこなして、乗り越えていけるのか。
誰も助けてくれる人を、私たちは得ることが出来なかったのに。
雨風をしのぎ、家の奥で固まって瞬間風速何十mという台風をやり過ごすこととは違う。
その入学式のその祝いだけでもなんとかやり過ごしてしのげたら、何とかなったかもしれないが、その雨宿りして待つということもできなかったのだなあ。
今日のように、雨の中飛び出して逃げたのだから。

私は、全然変わっていない。

春の参拝

奈良の大神神社三輪山へ参拝した。
頂上まで2000mの山道を。
途中小川のカエルの鳴き声で足をとめて見つけられもしない姿に目を凝らし、
何かに襲われて鳥の羽の散らばって、落ち葉に血の色もある道。
去年歩いた時とは、全く違った事に思いを巡らしながら去年よりもゆっくり歩く。
去年の筋肉痛対策。
子供たちとは8合目あたりでもうすれ違った。
この日はとても風が強い。まとわりついている何かを払ってくれているように。
空気は乾燥していて、晴天。
じわっとかいているはずの汗を風が一瞬にして乾かしていく。
下りの方がより慎重に足運びに気をつける。
来年は秋に来たいなあと思いながら、
やっぱり現世に戻っていくこと、ご神体の聖地から降りていくことを惜しみながら。
この清々しさが、出来るだけ長く続きますように。

この参拝の翌日、
月曜日、両ふくらはぎにブドウ粒一粒大の鉛のような異物感を感じる。
火曜日、水曜日、両ふくらはぎにバナナ一本分の筋肉痛。
木曜日、グリーンピースがふくらはぎの中でコロコロしている。
このふくらはぎの違和感が薄れていくほどに、日常にまた慣れていく。