キツツキの穴

日々つついた穴を埋めたり、のぞいたり、もっと深く大きくしてゆく穴掘りメモ。

春の参拝

奈良の大神神社三輪山へ参拝した。
頂上まで2000mの山道を。
途中小川のカエルの鳴き声で足をとめて見つけられもしない姿に目を凝らし、
何かに襲われて鳥の羽の散らばって、落ち葉に血の色もある道。
去年歩いた時とは、全く違った事に思いを巡らしながら去年よりもゆっくり歩く。
去年の筋肉痛対策。
子供たちとは8合目あたりでもうすれ違った。
この日はとても風が強い。まとわりついている何かを払ってくれているように。
空気は乾燥していて、晴天。
じわっとかいているはずの汗を風が一瞬にして乾かしていく。
下りの方がより慎重に足運びに気をつける。
来年は秋に来たいなあと思いながら、
やっぱり現世に戻っていくこと、ご神体の聖地から降りていくことを惜しみながら。
この清々しさが、出来るだけ長く続きますように。

この参拝の翌日、
月曜日、両ふくらはぎにブドウ粒一粒大の鉛のような異物感を感じる。
火曜日、水曜日、両ふくらはぎにバナナ一本分の筋肉痛。
木曜日、グリーンピースがふくらはぎの中でコロコロしている。
このふくらはぎの違和感が薄れていくほどに、日常にまた慣れていく。

母を訪ねて

4月の初めころから次女がしきりに目がかゆいという。
秋にもアレルギーやと言って目薬をもらっていた。
今回はくしゃみも鼻水も、というので内科で飲み薬をもらう。
この頃はまた目がかゆいと。
この時期イネ科のアレルギーかしらと、眼科へ。
眼科で5時に待ち合わせね、って次女はその時間まで友達と遊んでいて自転車で来る約束。
私は仕事から直接眼科へ行って受付をして待っていた。
だけど、次女は来ない。
何度か持たせてある携帯に電話するが通じない。
家に帰っていないことを確認する。
かかってくるのを待てばいいのに、私も次女にかけたりまた家にかけたりで、
ずっと話中やったでと怒られた。
携帯電話を持っていても話したい相手と話せない。
行違いながら連絡がついたら、違う駅前の眼科で待っていたと。
自宅を中心にしてお互い反対方向の最寄り駅前にある眼科で、お互いを待っていた。
自転車で私の待っている眼下に来て、待ち合わせの時間から1時間。
やっとあえた次女の目にいっぱいの涙。
この半径500mほどの母を訪ねての旅。
まだ現地集合は早かったか・・・
心細さと、黄昏時の涙。
ずっと忘れないだろうな。

お風呂は10歳から?

統計と、平均で言うと8歳が外で手をつなぐのを嫌がる、やめる年齢だという。
10歳が一緒にお風呂に入るのを恥ずかしがってやめる年齢だという。
自分の体の変化に恥ずかしくなるころやもん。

お風呂のリフォームの話を進めていくと、今の浴室面積、天井高がひとまわり小さくなるらしい。
で、長女はとっくにもう私とは入らないが、まだまだ一緒に入る次女9歳に
「お風呂新しくなったらちょっと狭くなるし、そろそろ一人で入る?」
と聞いてみた。
シャンプーの泡もちゃんと流せてないし、耳の後ろも洗ってない次女を一人で入れるのはまだ無理やなあと思いながら聞いてみたら、
「いやや~まだママとはいる~」
というので、お手てつなぎは統計通り8歳で卒業していった次女は
やっぱりお風呂の卒業も10歳くらいかなあ・・・と。
「ママのおっぱい見れへんくなるのいやや~。」
と、そんな理由??
男子のママたちに聞くと、まだまだお触りもしてくるようだし
女子でもそうなんか~~とびっくりした~~
えー!!って思いながらも、かわいいなあ、あんた。

夕方の電話

夕飯の支度時や、夕飯の時間に電話がかかる。
今日も何件か。
0120で始まる電話には出ない。
携帯の番号からのも出たくはない。
大体セールスや、アンケート。
固定電話からのものや、登録済みや見当のつく電話には出ようかなと。

で、今日は立て続けにかかった2本に出る。
一件目は妹が出た。
一言、「いません」
と言って切った。
家庭教師の斡旋電話だった。
私の子の中学生はいるが、妹の子はいない。
間違った答えではない。
2件目は私が出た。
一言、「結婚したくないんです。」
と言って切った。
結婚紹介所の案内を送りたいとのことだった。
一応、切った後に妹に案内欲しかったか?と聞いたら
「お金要るんやろ。」
って、いらんかったらお世話になるの???
と、ちょっとびっくりした。
そして、さっき自分で言った言葉にも自分でびっくりした。

ケ・セラ・セラと言う

ドリス・デイの訃報を知る。

ヒッチコック監督の映画「知りすぎた男」の中で「ケ・セラ・セラ」を歌っていたドリス・デイ
1人になって、落ち着いてきたのか、ふと口ずさみたくなったり、頭の中で流れる「ケ・セラ・セラ」は彼女の声。
彼女の声と一緒にケ・セラ・セラ~なるようになる。

元夫の「君なんか野垂れ死にしろ。」の呪いの言葉に突き進んでいるように思う時もあるが、
少ない心細い収入でも、自分の身の丈に合った経済の采配の中でお金を管理し、
覚えのないクレジットの請求におびえることもない。

とっても風は吹いているし、一人だけれど
ケ・セラ・セラがこぼれてくる。
頼り切っていたから、あんなに怯えていたのだろう未来に。