キツツキの穴

日々つついた穴を埋めたり、のぞいたり、もっと深く大きくしてゆく穴掘りメモ。

創った~!台風

元夫と子らとの面会交流の日が迫っている。

迫るにつれ壊れていく私。
台風が南の海で発生したというニュース。
台風ができることを願い望んできた私の強い思いが通じて、私が創ったかのような台風。
このタイミングにかなり驚いている。
偶然だが、うれしい。
飛行機が飛ぼうと、飛ばなかろうと台風バンザイ。
飛行機よ飛ばないで!!
元夫たちよ来ないで!!
と、願う。

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自衛

日常を維持するために、
情報をシャットアウトする。
パソコンの電源を入れない。
メールの確認もブログだって書かなかった。
必要最低限、緊急の連絡はモバイルに転送されるようにしてある。
主携帯しか持って歩かない。
そうして一週間やり過ごした。
正しいこととは思わないが、壊れていく自分を立たせて動かすためには一つの方法だ。
この一週間はどうしたものか。
毎日、いっぱいいっぱい。
雨も降り続けている、降り続けるというのに。

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亀 家出

長女はカメを飼っていた。
お祭りですくったカメ。

一冬越えさせたが、そんなに愛情もって育てているという印象は受けなかった。
水を変えるのも、ご飯をあげるのも「してあげた?」と、
声をかけなければしなかったし、妹をうまく使ってやらせてた。

そうだろうな、私自身長女に対して愛情というものを注いでいない。
かまってもらった、愛してもらっているという実感は彼女にはないだろう。
ゆえに、亀の世話の仕方を知っていても、してあげられないのだろうな。
これは、私が私の母からの愛情を感じてこなかった、または感情を遮断してきたゆえに
また私が子へもどのようにしたらいいかわからないということと同じかもしれない。


ある日気まぐれに、私は演技でも、亀をかわいがる姿を見せようとしてその亀をその水槽から出してやり、桶に水を張り、石を入れ、キャベツの葉や、ちくわなどを入れて日向ぼっこをさせてやり
甲羅に着いた苔を優しく古歯ブラシで磨いてやり、話しかけてかわいがる姿を見せた。
楽しそうに。
で、洗濯物を干したり、少し目を離した間にカメはその桶の中からいなくなっていた。

庭を探した。植木鉢の影も、そこかしこも。
いなかった。
子らも探したが、ほんの数分。
どこかみんな、いなくなったことにほっとしているようだった。
長女も、私を責めるでもなく、あっけないほどすぐに捜索から引き揚げていった。
そんなものだった。

昨日の夜、子らが二人で家出した。
夜9時を過ぎていた。
帰ってきたのは11時をまわっていた。
その間中、私は校区内の子らと行った公園や寺や思いつく場所を歩き回って探した。
万が一にも怖い目にあっているかもしれないという恐れも心にはあったが
きっと、二人で帰ってくるとわかっていた。信じていた。
だから、私は探している風に時間を使うために、ただ歩いていた。
歩きたかっただけだったように思う。
子らは、ただ、遠くへ行きたくて歩いたら結構な距離を歩いていて、
引き返して帰ってくるのが遅くなったということだった。

自分で歩いて帰ってこれる距離でよかった。
私は、遠くへ行き過ぎて帰れなくなってしまったからなあ。
その距離感は、大事だ。

子らは、しれッとして、反省も何もしない。
こんな風に育ててしまった。
こんな風に育っていく。
元夫との面会交流が近づくと、おかしくなる私。うつる子ら。

日常がなくなっていく。

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国宝展

京都国立博物館で開催中の国宝展一期目に行ってきた。
先週の金曜日夜間開館。
天気は雨。
人出は少ないのではないかと。
とってもゆっくり見れました。
子らの目当ては縄文時代の土器や土偶だったりしたのだけれど、
入ってみれば当たり前だけど、当たり前に国宝ばかりが並んでいて
その一つ一つのインパクトやエネルギーに圧倒されながらも、
そのつくられた時間や、その存在や、発見されるまでのあり方がシンと静かな印象を保ち続けていた。
そこに並んだものすべて、当たり前だけど人の手によってつくられたものばかりで
人の手によって残され復元され、修復されてあり続ける国の宝、国民の宝。
良いものを見ました。
4期まで入れ替えされてみることができるので、
うまく時間を作って、子らとまた見に行こう。
夜のお出かけ、好きなんだよね~~。
夜の京都タワーも見れていい。

次女は、お釈迦様の描かれた仏画を見て「体やわらかいなあ」と座禅の足を褒め、
俵屋宗達の「風神雷神図屏風」のへそに毛が生えてると大きな声で感想を述べる声が大きくて恥ずかしいが、一緒に見る楽しみが何でもいい。
長女は、志野焼や仏像に興味津々であった。

京都大学の博物館で今ちょうど縄文土器のコレクションをやっているので見に行ってこよう。
秋はいそがしい。

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オ シャンゼリゼ

元夫と別居して、住んでいた永住の地だと信じていた場所からも逃れ、
友とも離れ、自分を信じるものが何もなくなったころ、
一年、布団から出ることもできない日も、
起き上がれない日も、笑えない日々も過ごした一年の引きこもり。

次女も幼稚園に入園し、長女の学校の役も当たり、
少しづつ外の世界に引っ張り出されるようになって、
小学校のPTA活動のコーラスに行くことにもなった。
それが5年前。
このコーラスは、私を支えたものの一つだった。



5年目、9月今年の歌い始め。
その初日、事件は起こった。
その事件によって、長く指導くださっていた指揮者の先生、伴奏のピアニストの先生がおりられた。
役員の母たちと、音楽に造詣ありの母たち、ピアノ伴奏してくれる母たちで今年のコーラスは始まった。
選曲は、先生が残してくれた曲。

大きな古時計
天使の羽のマーチ
はばたけ鳥
もみじ
オ シャンゼリゼ

なじみの曲だったり、子らへの贈り物。
そして、歌う母たち自身への応援の歌。

この曲こんなにいい歌詞だったの!!
こんなにきれいなハーモニーだった。
と、発見しながら、涙ぐみさえしながら歌う。

選曲された先生と、親しくさせていただいて、私の今までのコーラスの4年の時間と
先生の4年分の選曲された曲の重なりが私の心の支えになっていた事を告白した。
彼女もまた、私が幸せな家庭の主婦だと思っていらっしゃった。
友と、故郷になるはずだったその地への執着。
新しいことを始めようとする恐れやくじける気持ちを支えてもくれた。
自分自身への懺悔や、慰める歌も歌った。
幸せだったはずの時間やその想いの終わりを歌えた。
それらは偶然に私の時間と、心の支えに勝手に重なっていると思っていただけだったのだけれど、今年は、新しい出会いを、恋をまた楽しもうと思わせてくれる歌を私のために選んでくれた。と、思っている。

きっと、次の恋や、新しい出会いは楽しい、素敵なものになると思う。
いろいろなことを知って、体験して、いろんなものを抱えてはいるけれど、
大人の女として楽しいことを素直に飾らずにできそうに思う。
オ シャンゼリゼ
新しい出会いや、その人と会うときにはきっとこの曲が私の中に流れるのだろうなあと
とても楽しみ。

でも、かなり難度が高い。
子供のころ歌ったのとは全く違う。
また、子供のころ歌ったのとは全く違う私たち大人の女が歌うのだら。
聴かせどころもたくさんある。
先生は、ご自分がご指導されることを前提に選曲されている。
今まで、何年も参加して歌ってきたメンバーたちの力を信じて選んでくださっている。
きっと先生にはこんな演出、こんな歌い方、こんな響かせ方・・・こんな気持ちを届けて!!
と、ご指導されるのだったらこうだろうな、こんな風に歌ったら素敵だろうなとたくさん想像できる。
今の練習をリードしてくれる母たちも、伴奏者の母たちも、歌う私たちも
どう歌えばいいのか、どうしたいのか、自分たちの中に歌がある。
先生がここにいるかのように。
先生に今でも彼女らは指導をお願いして、練習の時に先生のアドバイスを伝えてくれる。
そして、同じ母としての彼女らは実は先生よりも遠慮がなくスパルタだ。
自分たちはできる。と、信じて前に立ち、私たちも、母たちだけで歌いきりたいと皆一緒に前に進んでいる。

まずは今月末。
子たちへこの歌を届ける。
12月にあるステージも私たちは、きっと楽しめる。

そして、去年の12月、サヨナラができたように、
今年の12月には私にオ シャンゼリゼが流れたらいいなあと
歌に恋と人生を重ねて。

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