わが家の禁句
子が、家の用事、家事と呼ばれることをすることを
「お手伝い」
と、呼ぶが、これが我が家の禁句。
家事を、大人の女がする無償の仕事、用事だと認識することをやめさせること。
これを、女がまず改める事。
家事は、たくさんある。
食べること、着ること、居る場所を整えること。
それらを、誰かがじゃなくて自分がかかわって、みんながすることだとして一緒にすること。
自分もしなくちゃ居心地悪く感じること。
誰かがやってくれた時、ありがとうと思えること。
あたりまえに出来上がっていないこと。
「お手伝い」は、誰かのしていること、し切れないことを助ける事。
だから、家事のすべてが皆のすべきことだということ。
少しずつ子らに指示を出すことが少なくなってきている。
夕飯を、皆で席に着くためには誰が、どの仕事をすべきかわかってきている。
食卓を整えるという、一番簡単で分かりやすいことが済んだら
台所へきて自分の仕事を探しに来る。
やれそうで、やってみたいことがあれば挑戦もする。
味見となれば、味見以上のつまみ食いもする。
みそ汁はもう長女の役だ。
ご飯をよそうのは長女、皆のそれぞれに、いつもの食べる量を目で見て、
重さを感じて適量をおいしそうにふっくらとよそえるようになった。
お運びは次女、ちゃんと年長のじいじから配る。
いろんなことが上手になって、自信と、安心が増えていく。
洗濯物を取り入れて、
早い者勝ちのようにタオルを取り合いながらたたみ、
小さくて簡単なものからたたんでくれる。
おおきくてどうたたむの~~!?というものは悩んだんだろうなあという不思議な形で一番下に積まれていたりする。
銘々がタンスにしまうときの畳みなおしが手間ではあるが、
それもまた悩みながらたたんだ姿を思い浮かべれば楽しい。
なぜか、今、ずっとしてくれるらしいが長女が布団を敷いてくれている。
夏の布団に変えたので楽になったからでもあるだろうが、
とっても助かる。
一日の最後の大仕事。布団敷。
してもらうって、うれしいし、幸せ。