キツツキの穴

日々つついた穴を埋めたり、のぞいたり、もっと深く大きくしてゆく穴掘りメモ。

洗濯をたたむ

気持ちよく乾いた洗濯物をたたむと言う生活の中の一つのこと。
夕方仕事から帰ってきて夕飯の支度にとりかかるのに
外から内にシフトチェンジするにはちょうどな家事の一つだと思う。
ほんとは、子らがTVを見ながらでもやってくれて、
仕事から帰って一旦座ることなくお台所に立てれば交感神経ONのままバァ~!!ッと
超高速で子らの話しかけにもそぞろに作業は進むのだけれど。
洗濯物をたたむというのは、座って、TVも見ながら、おしゃべりもしながら、
ほころんでいる衣類を発見したり、
落ち着いて衣類の傷みやサイズの不具合やらを気づける時であったり
一日のふとしたことを思い返していく時間であったりする。

が、昨年の年末28日、母が左手首を粉砕骨折してからの2か月余りの間
ほとんどの全家事と仕事に追われ、次々にインフルエンザの流行りに乗る家族とこまごまに
忙殺され疲弊し
洗濯物をたたむという作業はのんきなものでなく、
各個人の分に分類される仮たたみ状態で靴下がひっくり返っていようが、
袖や裾が内側で団子になっていようがお構いなしに
取り入れた洗濯の山をなくすというだけの座っているのに50M走を走ったくらいの
鼻息だった。
次第に、家人たちは裏向けに脱ぎ散らかすことを改め、
タオル、下着類、洋服に分けられた分別かごに気をつけて脱ぎ、分類することに気を使うようになったのだが、
ワ~と過ぎた数か月の間の冬の衣類は、
今やもう薄いものばかり。
もう回復した母の両手に支えられて、日常と思われていた生活に戻っている。
でも、80を目前にした父や70も越えた母との生活はいつも、いつまでもこれが日常として続くものではない。
子らの成長と、両親の老いのグラフの交わりがもう少し緩やかにありますように。