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キツツキの穴

日々つついた穴を埋めたり、のぞいたり、もっと深く大きくしてゆく穴掘りメモ。

血の闇、月の闇

購読している毎日新聞の記事につらくショックなものを見つけた。

少女たちの祈り  「血は不浄」暗闇に隔離

ネパールの山村で血を不浄とするヒンズー教の考えに根拠のない迷信が重なり
生理中の女性は狭くて暗い不衛生な「生理小屋」での寝泊まりを強いられる。
「チャウパティ習慣」夜の闇におびえ、性差別にさらされ、人身売買、
教育を受けれず、結婚や出産を迫られる。

開発の遅れている山岳地帯の山村の風習であるらしい。
古代縄文の時代の女性たちも生理小屋で藁を敷いたところで生理の間過ごしていたのではなかったかと言われているが、現代の私たちは清潔にし、冷やさず、気分良く過ごせるように気を付けている。
が、彼女たちはまだそんな悲しい環境にいる。
「初潮が来てうれしいなんてとんでもない。
 けがれたって言われるのよ。
 もう元には戻れないんだから。」

私たちも初潮をむかえて毎月生理が来ることを喜びはしなかった。
喜ぶものとして教えられたような学校での性教育でもなかったし、母たちからも
話しにくいこととして良い印象を受けなかった。穢れとまでは言われなかったが。
わが家でも赤飯を炊くなどと言うこともなかった。
ただ面倒なものが来たと。大人になっていく始まりという来るべきものが来たという当たり前な現象として私は冷静だった。
もう30年近く2回の妊娠出産とそこそこ長い授乳期間を合わせた約6年をのぞいて毎月のお付き合い。特別生理のトラブルもなく今まで来たので、健康を量る目安になっていたり、女性にとってはデトックスであるといわれれば少しばかりありがたいようにも感じる。
生理用ナプキンのCMは当たり前のように流れていて、恥ずかしいもののようではないようでも、ドラッグストアでも紙袋や、色の濃い色の買い物袋に入れられたりする。

私の母のころ使い捨て紙ナプキンが発売され始めたころで、母は今でも生理のことを「アンネ」と言う。
そして母やそれ以上の年齢の女性たちは使い古した布をやたらぼろ布呼ばわりしながらも大事に大事にとっている。使い捨てナプキン以前の”使い捨て布ナプキン”時代の人特有の習慣ではなかろうかと思っている。だって、切られてストックされているそのぼろ布は、折りたためばちょうどよいサイズのハンカチタイプの布ナプサイズだから。

今、一部の自然派、敏感肌、生理トラブルのある人、健康志向の強い女性たちの間で布ナプキンが使用されている。
使い捨てではなくて洗って繰り返し使えるタイプ。
実は私も使っている。生理中ではなくて、おりものシートの代わりとして。
大体排卵日前後、生理前になるとおりものと呼ばれる分泌物が多くなるのでその時だけのつもりが、実に小股があったかい。冷えを感じにくくなったので毎日手放せない。
 大体どのナプキンにもおりものシートにも石油系吸収剤高分子ポリマーが使われていて水分を含むと冷たく感じる。経皮吸収された石油系の化学物質が私たちの体にいろいろな影響を与えるともいわれている。
 いろいろそういうことには鈍感な方で、すぐ答えが出せず、悪いといわれれば、そうかあと止めたり、良いといわれればまた、そうかあととりあえず試す。どちらにも流されて試す。だって、この便利な使い捨てがあったからこそ女性の社会進出は進んだとも思えるし、行動範囲も広がった。
でも、子宮、女性の体の不調や、妊娠出産の困難さもこれが原因の一因かもと言われればそうとも思える。
 で、私は使い捨ての布ナプキンがいいなあ。と。まだ試していないが。
繰り返し洗うタイプの布ナプキンは生地もこだわりと丁寧な縫製で素晴らしいが使い捨てには高すぎるし。
でも、あの小股の暖かさと、布の着け心地の良さは手放せない。
でも、洗うのはやっぱりいやだ。血が不浄のものという概念はないが捨てることになれ過ぎている。おりもの程度なら手間でもないが。めんどくさがりゆえ。
この毎年訪れる衣替えの衣類、ぼろ扱いされる着古し、使い古した布たちは十分にまだ役目を果たせる。

ネパールの女性たちも布の生理帯をして経血コントロールなんかも当たり前なんだろうか。
こういった地域の迷信じみた風習は案外、変えていくという教育が内外からされて行こうとも先輩女性たちの強い恐怖体験や脅迫概念によって女性からも変化を起こすことは難しいことかもしれない。
山岳地帯と言うインフラの整備の難しさもあるだろうが、この生理小屋の
中にいるような気分になって昨日は眠れなかった。
昨日、おとといは大潮満月だった。
大潮、満月や新月の時に出産が多いと同じように、生理、または排卵日という周期の女性は多い。
幾人の女性たちが生理小屋にいたのだろう、暗闇の中で。

今年、綿の種をまいた。
プランターで少々ぎゅうぎゅうに育ったので大きい綿は取れなかったのだが、
葉は紅葉して、小さな綿がついた。花は、緑の葉と同じ色だった。

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