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キツツキの穴

日々つついた穴を埋めたり、のぞいたり、もっと深く大きくしてゆく穴掘りメモ。

断捨離は行なのだ、修行なのだ。断行、捨行、離行。

日々、断捨離を実践したいと考えている。

断は、やや、たやすい。
もらわない、断る言葉をうまく使い、買わなければいいのだから。
断はまちがうと我慢になってしまって、
時として「自分のためにお金使ってない・・・」なんて
くだらない欲しいのかどうかもわからないものを買ってしまったりもする。
これ結局、捨されてしまうもの。
常々、良いものや、素敵だなと思うものを見慣れて
自分の目を肥やしておくことが大事と思う。
買い物の失敗、今買っとかなくっちゃのような焦燥感で買わないために。
これ大事よ、私。

捨は、平常心で。
不要と思われるものを選ぶこと。
それを行う十分な時間を作ること。
後悔しない理由があること。
これの失敗ばかり。

離は、モノを通して私を縛る執着や概念、感情や生活から離れること。
捨をしたからといって、離まで完結するとはいかない。
もし目の前からなくなっても、ふとした瞬間、心に、ベタと、張り付いて
それと共にあった時間に連れ戻され、
今はもうないその時の続きを生きている夢想へと引きずり込まれる。
それからが覚めての後悔。

離は難しい。

これからの季節、
学年昇級、進学、転勤、引っ越しなど大がかりなものの整理を必要とする季節。
とても気分のいい日に、時間を十分とって、次に始まる新しい生活を
楽しみに捨ができたら素敵。

そして、新しい生活が始まってから捨しきれなかったものを
離しても遅くはなかったなと、今になって思う。


物の断捨離のトレーニングは冷蔵庫や食品でやるといい。
食べきれなかった、使い切れなかった罪悪感で心を重く積み重ねないように。

感情や執着の断捨離のトレーニングはどうすればいいんだろう。
失敗と、成功を繰り返すことでの勝率を上げることなのかな。

体の成長や良い貝にめぐりあって身一つで宿替えする
ヤドカリたちも、何か心残して、前の家を懐かしむことがあるのかな。