キツツキの穴

日々つついた穴を埋めたり、のぞいたり、もっと深く大きくしてゆく穴掘りメモ。

食卓の光と影

ダイニングの照明をLEDのものに変えた。
リモコンで白い蛍光色にしたり、黄色い電球色にしたりもできる。
夕食時、さっそく電球色の「食卓、だんらん」のボタンをセレクト。

ぅん~・・・
すごく、料理がおいしそうに見えない。

テーブルの色が濃い茶色だから?
慣れないからか?

それもだけど、食器のせいに思えた。
家の食器は大体が磁器の染付。
今までの照明は蛍光灯で磁器の白をより白く、藍の色もより青く見せていた。
緑の菜っ葉のおひたしも、せっかくの湯がきたての緑が
サングラスをかけて見ているみたい。
カラー写真がセピアになったみたい。
いつもの蛍光色に早々と戻した。うちはこれがいい。
でも、外食するときのお店の照明はよくって、うちのダイニングはどうしてNGなのか?
わからない。

今は買わなくなったけれど、食器が好き。のせる料理を思い描くことも好きだった。
台所用品も使いやすさや手入れのしやすさ、長く愛着を持って使えるか想像し、熟慮して選ぶ。
食器を扱う店で働いていた時は料理や食器について勉強したし、
新しい生活のために食器を買い集め、夢や期待感を膨らませた。

でも、食べることが好きでも、特別料理が好きでもないことに気づいてしまった。
丁寧につくられ、いつも美味しいものを食べていたのに。
食卓の記憶は静かで、硬くて、寂しかった。
食育は大事で難しい。
彩りよくおいしそうな視覚の記憶を再現しようとして食器にこだわるのかもしれない。

どうしても、料理はおいしそうに見える良い器にのせたい。
食べたいというより、見たい。

今、家庭内の料理人としての責任から逃れかけている。
でも、「これはママじゃなくっちゃ」というお皿はいつでも準備しておきたい。
喜ばせて、血や肉となる美味しいを作るには‘‘I AM OK.”
元気、大丈夫の私でいなっくちゃね。

ちょっとした冒険だけど、そろそろ、やわらかく素朴な焼き物の器を手にとって
季節のもの、元気が出そうなものをのせていただきたい。